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不確かさを超える勇気を。

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こんにちは。エーサです。

たまには雑記を。

イシス編集の松岡校長から
『化学は不確かだ!』という本をもらった。

「先達文庫」というもので
先達とは先人のこと、その道の先を行く達人のこと。

ぼくの道というのは、不足大事道。

不足大事というのは、松岡校長より授かった教室名のことだ。

イシス編集学校には、 期ごとに20弱の教室が生まれ、
世界でひとつの教室名が、松岡校長より直々に授けられる 。

4ヶ月間、お互いの頭の中を高速で見せ合う空間だ。

イシス編集学校の学び方は、普通の学校とはちょっと違う。

正解がないこと。双方向コミュニケーションをとること、とれること。
回答の多様さ。

同じ問いなのに、こんなにも違う情報が引き出されるのかと、驚くばかりだ、
問いのもつ力は計り知れない。

イシス編集学校の始まりは、お題と、師範代にある。

ぼくは2016年の10月下旬より、師範代をつとめた。約4ヶ月間。

正直に言うと、ただひたすら辛かった。
自分の無力さが情けなかった。
無力さ、というよりも、心の弱さが顕著に表れた。

正解がない回答に、正解のない指南。
この回答は、どうしたらもっと良くなるのか、理解はどの程度か、どこに溝を掘るべきか、師範代の影響力は甚大だ。

とんでもない役割を引き受けてしまった。そんな気持ちだった。

でも、教室でともに学ぶ仲間は頼もしい。私の届けた言葉をよく読んでくださっている。

書くほどに、磨き上げられる回答、ふとした瞬間に花開く回答、型の新たな一面を見せてくれる回答。

指南するたちばでありながら、学衆よりも多くのことを学ぶというおいしい役割でもある。

ただし、簡単ではない、しかし、めっぽう面白い。

残念ながら、ぼくには楽しむ余裕がなかったのだけれど。

4ヶ月を終えて、ぼくの中には果たして何が残ったのか。わからない。もしかしたら、何も残ってないかもしれない。

そんな不安に駆られもした。いや、駆られている感覚すらも、よくわからなくなっていた。全てが不確かという感じだ。

だから、正直、不安でしかないし、歩を進めることが億劫でしかない。でしかなかった。

それでも、回答は届く。
学衆は待っている。
向き合うしかない、言葉を探すしかない、並べるしかない、届けるしかない、信じるしかない、

言葉の選択肢は無数にあれど、前進する以外の選択肢などないのだ。

緩急をつける余裕などない。全速力だ。全速力を、超えなければならない。
超えて、超えて、超えなければならない。

周りの師範代は、もっと、楽しそうで、それが羨ましかった、悔しかった、学衆に申し訳ない気持ちもあった。

だから、ただひたすら辛かった。

もちろん、楽しい瞬間はある。
回答を読むのはめっぽう面白い。
先に書いたように、千差万別、十人十色、酒池肉林、豪華絢爛、疾風怒濤なのだ。

こんなにも高速に、短期間で、濃密に、アタマの中を見せ合う空間をぼくは知らない。他に知らない。

毎日が刺激的であった。いま、振り返ればだけれど。当時は必死で、型への理解を深めることに、お題の意図を読み取ることに、師範代という役割に成っていくことに、回答を読むことに、そこにある方法を見ることに、型を見ることに、回答の行く先に、ちょっとさきに言葉を添えることに、時に見守り、時に頼り、頼る、というのは、力を借りること、

不足大事だ。

教室名は、憑代だ、はじめは、なにも入っていない。いや、校長の意図や思いや、吐いた息が混じっている。

そこに、お題、それから学衆の回答が届き、そこにある情報が込められていく。

情報は、相互に共振し、触れ合って、混ざり合って、方向をつけて、前に進んでいく。

教室名が育つといつのは、そこに情報が入るということだ。音楽で言えば、記譜される、スコアリングのことだ。

無いところに、情報が記録されていく。単一ではなく、相互に記譜していくことが特徴だ。

磁気ディスクに情報が記録されるように、レコードに溝が掘られるように、紙に文字が書かれるように、ただ単純に記録されていくのではなく、

記録された情報が、次の情報を呼び込むようにして記録されていく。

ジャズセッションさながらだ。

相互記譜、インタースコアと呼んでいて、イシス編集学校ではこれをとても大事にしている。

とまぁつらつら書いてしまったけれど、ぼくの4ヶ月を見守ってくださった校長が、ぼくの先達を紹介してくださった、それが先達文庫だ。

『科学は不確かだ! 』

著者はR.Pファインマン、科学者だ。

科学は、いろいろなことを明らかにしていく分野かと思うが、実は不確かなものを確かに近づけていくもの、という解釈の方がいい。

松岡校長からは「これからは職人の魂が必要。ファインマンにはそれがある」という風に紹介いただいた。

魂を学ぶのだ。

一冊の本から、魂を感じ取るのだ。
魂の、ほんのいくばくかの魂が残っているはずなのだ。

それを感じ取り、真似をすることが第一歩。不足大事の道を進んでいく、第一歩だ。

不確かなことしか、ない。

限りなく確からしいこともあれば、
ほとんど不確かなこともある。

不確かさを超えて、進まねばならない。不足大事の編集道を進んでいくとはそういうことだ。

不確かさを超える勇気を。

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