モノに宿る物語

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「語」という字の“吾”には、祈りを守るという意味合いがあるらしい。口という字は、神への祈りである祝詞(のりと)を納める器を示す。吾は、祈りを納めた器に木製の蓋をしたもの(五という字が蓋を示す)。だから守るというのは、祈りの言葉を保存するということだ。

「物語」とは、人々に祈りめいたものを伝えるメディアであって、保存容器でもあって、保存容器を覗き込めば、過去の人達の記憶を脳内再生できるVR起動デバイスなのかもしれない。

人の記憶には、キズ(目印)が関与する

ある場所を思い浮かべると、その場にいたときの思い出が蘇る。小学校のグラウンドを浮かべると、走り回って遊んだこと、ドッジボールやサッカーをしたこと、リレーのバトン渡しの練習をしたことを思い出す。高校の教室を浮かべると、先生の顔や授業中に寝たこと、電車に揺られながら電卓をたたいて簿記の問題集を解いたことなどを思い出す。

人の記憶には場所が関与していて、さらにいえば、思い出が想起される引き金のようなものもある。それは道に迷わないためにつける目印みたいなものだ。歩いてきた道にドングリを落としていくとか、木にテープを巻くとかチョークでバツ印を書いていくとか、自分なりの思い出マークだ。

また記憶を呼び覚ます目印は、“モノそのもの”であることもある。

つまり場所の代わりに、モノを見ると思い出が蘇るということだ。
自分の身の回りにあるモノには、どんな記憶が刻まれているのかを書いてみようと思う。

ククサから蘇る記憶

ククサとはフィンランドに伝わる木製のマグカップで、白樺のコブをくり抜いてつくられる。幸運のシンボルとも呼ばれているらしい。

写真のものは木工職人をしている友人から購入したものだ。くるみの木を削り、蜜蝋で仕上げたものだったと思う。このククサには、水、コーヒー、ウィスキー、日本酒、コーンスープなどいろいろの飲み物を入れて飲んだ。

それを思い出すと、当時の身の回りの記憶も蘇ってくる。

ひとつは岐阜県高山市の温泉旅館で泊まり込みのアルバイトをしていたときの記憶だ。温泉旅館は標高1000メートルほどの場所にあって、そこは温泉街でもあった。また旅館の近所には湧き水が飲めるところがあった。

アルバイトの中抜け時間に水を汲みに行くのが習慣で、これをククサに入れて毎日のように飲んでいた。湧き水は桶に鹿威しが刺さったような装置から流れ出ていて、チョロチョロではなくけっこうな勢いがある。

晴れの日は太陽光に照らされる水に夏を感じ、水の音や温度に清涼感を覚え、よい気分に
浸りながら水を汲んでいた。

アタマの中で、ククサと湧き水と岐阜県高山市(奥飛騨)とがつながっている。

もうひとつは、珈琲マニアの先輩だ。その先輩は、基本的に気になったものには「通(つう)」になるまでやり尽くす性格の持ち主だ。

ぼくはその先輩に、東京の門前仲町にある美味しい珈琲屋さんを教えてもらったことがある。それまで、自分は珈琲が飲めないものだと思いこんでいた。しかし不思議なことに、そのお店で出された珈琲は、ゴクゴク飲めたのである。今では毎日のようにコーヒーを飲むようになった。

近所にあるお茶屋さんのようなお店(お茶っ葉や茶器、珈琲豆やお土産物を仕入れている)で珈琲豆を購入し、カリタ製のハンディミルでガリガリと挽いて飲むのが憩いのひとときだ。

またぼくはスコッチウィスキーが好きなのだが、それも先輩の影響である。だからぼくの味覚(嗜好品的なもの)の何割かは、その先輩によってつくられたのだ。ククサでウィスキーやコーヒーを飲んでいると、そんな記憶もよみがえる。

モノには物語がある

ざっと、ククサに含まれる記憶を思い出してみた。
このことから考えられるのは、モノにはそれぞれの物語があるということだ。

物語というのは「はじまり」と「おわり」のあるストーリーのことだとする。
仮にククサの購入が物語のはじまりだとすれば、現在も終わりに向けてストーリーを構築中である。

けれどもっと過去を遡れば、ククサの材となった木が萌芽したところが始まりともいえる。ククサの材となる木は、その多くがおよそ30年の樹齢らしい。ということは、雨や風、動物や虫や他の木々、山の手入れをする人たちと過ごした30年の日々が詰まっていることにもなる。

そしてチェーンソーかなにかで伐採され、丸太状に加工されて工場に運ばれ、やがて製品になっていく。このプロセスからは、材をくり抜き、削り、磨き、塗装をして、製品をつくりあげる人たちの息遣いを想像することもできる。

モノは、そこにただポンと現れるのではなく、さまざまな記憶が刻まれて目の前に登場する。残念ながら、近頃の工業製品にはあまり感じることができないのだけれど。

記憶の引き金を見つける作業をしていると、なんともいえない幸福感に包まれる。気持が温かくなる理由はわからないが、過去の自分や他者の感じた感覚が現在の自分に混じり合っていくことはよくわかる。

ぼくは物語が感じられるようなモノが好きらしい。
そんなモノに囲まれる暮らしをしていければ幸せな気分に満たされそうだ。

あなたの身の回りには、どんなモノがありますか。
そのモノには、どんな物語がありますか。

参考:『常用字解 第二版』白川静

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