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2014年の振り返りと今後の方向性

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どーも、えーたです。

このブログもとうとう200件を突破。
というわけで今までを振り返ってみようと思います。

1月〜

1月、いちがつ。ああ、まだぼくは木工職人の修行をしていました。森林たくみ塾にて。

うーん。遠い昔のようだ。いやーまじで昔のようだ。ほんとに、ええ。昔ばなしのおとぎばなしですよ。

たくみ塾ではなにがあったかなぁ。ええと、えええと。覚えてるのはなんだろう。なんだろう。んと。ベルトサンダーとギャングそー、手押し一面鉋盤、自動一面鉋盤。そう、木材を加工していた。5時に起きて、白湯を飲んで身体を暖めて、お弁当におにぎりをふたつ握って、それで家を出発していたかな。

そうだね、どうやったらもっと早く作業ができるのか、というか、ついていくのに必死だった。ついていけなかったなぁー結局。

いやぁ、ついていかなかったというべきか。
結局3月でやめてしまったものな。もともとものを量産することは好きじゃなくて、量産体制がものの質を悪くするっていうか。無個性の同じものがたくさん並ぶものってなんだか好きになれなくて。

しかし嫌いというイメージだけで量産を否定するのはちゃんちゃらおかしいし、技術を身につけるには「ガッ」とやらないといけないと思っていた。だから量産の現場に身を置いたのだ。

約半年いて感じたのは、やっぱり量産は好きじゃないということ。「たかだか半年で何が分かる」という人もいるかもしれないが、ぼくが感じたものは本物だ。

まるで機械の一部のように同じ作業をガンガン繰り返す作業はなんだかやるせなかった。もちろん楽しい瞬間もあった。できないことができるようになったりとか、製品ができ上がっていく様子とかは見ていてとても楽しかった。

「納期」と「品質」が仕事において大事なこととか、人間は合理的にできてないこととかはよくわかった。

4月〜

4月からは、温泉旅館で住み込みアルバイトをしておりました。リゾートバイト、ずっとやってみたかったんです。

もともとたくみ塾でた後は、ゲストハウスで働こうと思っていました。旅が、旅人が好きなので。すぐに就職する気はありませんでした。

つくる技術を身につけたあとは、いろんな人と話せるようになりたいと思っていた部分もあります。ゲストハウスはそれにうってつけ。

国籍も、性別も、年齢も、全てバラバラな人が集まりますからそれはそれは多種多様な人に対応せざるを得ません。

それで予定よりも1年半はやく辞めてしまったので、ゲストハウスにいこうと思いました。が、お金がない、移動するお金すらもない。というわけで、近場でリゾートバイトをすることにしました。

一度実家に帰ったらきっと「こっちで仕事をしなさい」と言われると思っていたので(そしてそれは嫌だった)のでリゾートバイト先を必死で探しました。

結果的にたくみ塾を辞めて3日後には新しい職場で働くことになりました(笑)平湯で働いていました。

平湯でのお仕事はホール&調理補助。まぁ面白くなかった。お皿並べたりお皿洗ったりの単純作業の繰り返し、お客と絡む機会はほぼなし(メニューを聞きにいく時くらい)。まぁ短期のバイトなんだから単純作業くらいしかやれないのは当たり前なのですが。

こんなにも単純作業がつまらないとは思わなかったです。同じ単純作業でも木工の方が遥かに楽しい。ものが、できあがっていくからね。木材が商品へと変わっていくさまは、高校卒業以来ひさーしぶりに会う同級生の子が色っぽくなっていてときめくかのようです。

で、リゾートバイトと同時にライターインターンを始めました。「農的暮らし」「半農半X」「旅するように暮らす」というキーワードのもと、どこでもできる仕事は何かと考えた時にライターが浮かびました。

そして検索、応募、一次審査突破、二次審査突破、採用!という流れにいたりました。

採用された時はまじで嬉しかったです。

リゾートバイトは中抜けシフト(昼間に5時間くらい休憩)だったので、休憩中と就寝前にシコシコと執筆をしていました。

リゾートバイトで良かった点は、毎日温泉に入れたことですね。あれは最高に贅沢だった。日本酒を持ち込みたかった。あと地味に「お盆を持つスキル」と「お皿洗いスキル」を修得できた点も良かった。毎日お皿500枚くらい洗ってましたからね。

友達が全然できなくて(若い人いなかった)超寂しかったのもいい思い出です。唯一wi-fiがとんでる休憩スペースで、夜に友達とSkype通話するのが唯一の救いでした。テクノロジー万歳!

リゾートバイトは当たり外れがあると聞きますが、ぼくが引いたのはおそらく外れくじ!人生当たりくじばかり引いては面白くありません。ちょうど良い刺激になりました。

もう一度あすこで働きたいかと聞かれたら、ノーコメント(というコメント)です。

7月〜

7月からは念願のゲストハウス!
10月いっぱい「カンデラゲストハウス」でお世話になりました。今までの人生の中で間違いなく最高の時間を過ごせました。

5月(?)のとある日のこと。ぼーっとFacebookを眺めていたら、なんとゲストハウスの求人が出されているではありませんか!

しかも7月からって、リゾートバイトの終わるタイミングやんか!これは運命や!そうに違いない!と思って応募しました。

そして驚くことにその宿は友達が切り盛りしていたという。これは縁故採用?なんて考えたり。

しかし「使えねぇ」と思われたら採用されないのは当たり前。「落ちたら次はどこを受けよう」と考えながら悶々と数日間、お皿を洗っていました。

そして後日、採用の旨のメールを頂く。「よっしぁああああああああああああ!!!!!

超が100個つくほど嬉しかったです!

ついにゲストハウスで働けるー!
フラットな空間で働けるー!

と、その日からはウキウキでお皿を洗うようになりました。

そして来たる7月。
そして瞬く間に4ヶ月が過ぎ去りました。

ゲストハウスでの日々は楽しすぎて逆に覚えていません。覚えているのは、宿がお休みの日の静けさ。

常に人がいて物音がしている空間が、ものすごい静かになるんです。ひとりでポツンとごはんを食べたあの夜は忘れられません。

人ってのは居るだけでありがたいんだなぁと感じました。ひとりは寂しいですね。

松本の街はこぢんまりとまとまっていて、とっても過ごしやすかったです。車いらないし。ちょこっと出かければ田園風景もあるし、こじゃれた喫茶店もある。

そしてなにより湧き水がある。湧き水が町中にあるっちゅーのはなかなかの奇跡ですよ。カンデラゲストハウスはもともとお味噌屋さん。

天然菌でつくっていたのかは知りませんが、天然菌はその土地の水との相性は抜群です。きっと生命力の高いお味噌をつくっていたことでしょう。

カンデラゲストハウスでは「参加しつつ傍観する」という視点を得ました。これはゲストハウスみたいな空間でないとなかなか得られないのでは、と思っています。

あと友達が100人くらい増えました多分。信州大学が宿の近くにあるので、学生の友達ができました。あとは宿に遊びにきてくれるご近所さんたち。喫茶店などお店の方々。

あー書いてたら松本行きたくなってきた。

とにかくカンデラゲストハウスで過ごした4ヶ月は本当に楽しかった。

友達が増えた。

仕事も増えた(ゲストから頂くという奇跡)。

帰る場所が増えた

11月〜

11月からは実家に引きこもって執筆ばかりしています。たまーに、ポンと東京に出たり、仙台にいってみたり。

11月は実家の片付けと執筆。12月はほぼ執筆ですね。週あたり2万字くらい書いてます。指の関節が少し痛いような気もします。

たくみ塾にいる時やリゾートバイトをしている時は、両親は不安そうでした。

しかしゲストハウスでぼくが楽しく働いているあたりからは、なんだか安心してぼくをみていたような気がします。

やはり両親からの視線は気になります。ええ。
何ででしょうね。子供って、そういうもの?

そして来年からは高知県で生活をします。再びゲストハウスです。「かつおゲストハウス」にお世話になります。働きながら移住先(田舎)を探す予定です。

高知県は現在激アツです。あんまり表面化してないだけで、激アツな地方はけっこうあると思います。

来年度より地域おこし協力隊の募集もかかっているので、その辺を視野に入れつつ移住先を探します。

ただね、「食べものをつくれるようになること」と「英語を話せるようになること」のどちらを先にしようか迷い中ということもあります。

英語の勉強を地味に続けていたのが最近は執筆に追われてままならなくなっております。

もういっそのことお金貯めて1年くらいフィリピン留学したらええんちゃう?くらいに思っています。フィリピンでも仕事できるし。

ライターの仕事をしていて、たぶん人より記事に目を通す機会は多いと思います。それで思うのが「良質な情報はほとんど出回ってない」ということ。情報化社会といえど、革命的に変わったのは「情報伝達速度」のみ。良質な情報は常に人が握っています。

だから英語を話せるようになることは今後かなーり大事になってくるのです。あと単純に英語好きだし海外の人ともっとたくさん話したい!

思ったこと書き殴っているのでまとまってませんがそんな感じです(どんな感じやねん)。

障害をファッションにする

あとひとつ、決めたことがあります。
自分の中にあるキーワードを見つけました。

「障害をファッションにする」ことです。

これはコンプレックスを武器にすることに似ています。自分が今までひた隠してきた「障害を」むしろ「おしゃれでしょ?」くらいに身に纏って魅せることが「障害をファッションにする」ことです。

今は志ひとつで何をしたらいいのかちょっとよくわかりません。思いついているのは難聴ピアスくらい。

「ばれたくない」と思って障害を隠している人もいると思うし、自分が障害をファッションとして纏っていれば、もっとみんな生きやすくなるキッカケにもなると思ってます。

これをテーマに起業したい。起業をしたいというか、なんていうんだろうな。これをテーマにずっと何かやっていきたいというか。表現をしていきたいというか。

ぼくの障害は軽度なので、健常者と一緒に生活してきました。それゆえの「生きづらさ」みたいなものは感じてきたし、目の前に広がる世界も若干人と違うと思います。

それを映像に落とし込んだり、
ものとして形にしたり、

そういったことをやっていきたいですね。

まだうまくつながりませんね。暮らしと。

食べることや働くことは
すぐに暮らしと密着するけども
表現することはなかなかつながらないね。

今後のテーマはそれですねー。

暮らすことと表現することをつなげること。
具体的になにをすればいいんや!

とりあえず移住、そして移住先(田舎)探しかな。すぐできるのはそんなところ。

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About エーサ(Eita Sato)

移動型のライター・編集者。3ヶ月〜1年スパンで拠点が変わる。得意ジャンルは旅・ライフスタイル・テクノロジー。インタビューが好き。 趣味は旅・読書・ランニング・喫茶店巡り。旅は、現地に紛れ込んでその土地の空気感を肌で感じ取るスタイル。

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