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障害者と健常者の間=自分

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どーも、えーたです。

最近はこのブログについて、いろいろ考えています。やっぱりこのブログの位置づけは、自分メディアとしてのブログですね。

 

 

自分メディアとしてのブログ

目的としては名刺代わりになるくらいであればバンバンザイですね。名刺代わりにブログ読んで下さいみたいな。

 

あとはなんだ、ファンを増やしたいですね。その前に、ファンになるような魅力があるのかっていう話ですが。この辺りを考えていくと、やっぱりまだまだ表現しきれていないと思います。表現したいことを全然かたちにしていない。

 

もしかしたらすごく浅いことをずっと心に抱えているだけかもしれないし、誰かにとってはすごく価値のあることを抱えているかもしれない。

 

その中で確実に誰かの役に立つ自信があるのは、障害者と健常者の間として存在していること。言語障害は今でこそ「全然分からん」って言われるレベルですが、難聴の方はお医者さんが目を丸くするほど。「あれ、きみ難聴なの?昔から?」みたいな。若いし、受け答えは普通にできるし、ほとんど気づかれない。けっこう頑張って聞いています。

 

ぼくが「え?」と聞き返すのは、あなたの滑舌が悪いわけではないので大丈夫!ぼくの耳がポンコツなだけです!笑

 

 

 

なぜファンを増やしたいのか

なんでファンを増やしたいかっていうと、なんでやろなぁ。よう分かりません。なんでファンなんか増やしたいんでしょう。愛してくれる人が1人いれば十分じゃなかろうか、なんて考える派なんですけどね普段は。

 

あ、話がそれました。自分メディアとしてのブログです。そうそう、自分メディアとしてのブログ。

 

 

 

障害者と健常者の間

そう、自分は障害者と健常者の間をいく微妙な存在であること。これが武器になると思っています。というか武器にしていく。で、その武器は何かというと、繊細さだと自負しています。

 

障害を抱えている人の生きづらさを感じることもできるし、健常者の「なんでこんなこともできないの?」みたいな気持ちもよーくわかる。

 

だから、その橋渡し的なことをするのが自分の使命なんじゃないかと感じている。

 

自分は何かをつくりあげることをしていきたいから、大切なのはそこにどう落とし込むかですね。

 

当記事のテーマで言えば、ブログという自分メディアにそれをどう落とし込むかです。健常者、障害者。そういえば「障害者」という表現は乱暴だから「障がい者」という表現にしようっていうの、あんなの気にしてるの健常者だけですよ。

 

そーいう発想自体が差別的だと思います。言葉をなくすことが差別的意識をなくすことにつながるって考えは理解できますが。それなら障害者ってことば自体をなくさないと意味がない。ぼくはなくす必要ないと思っています。

 

身体機能や精神機能が通常の状態と違うのは、もうそうなんだから「障害者」でいいじゃん、って思います。精神障害、身体障害、それで全然いいでしょう。解釈の問題でしょそんなの。気にしすぎ。

 

「障害者と健常者の間」という立場でいろいろ語っていけばいいのかな。こうしてブログ記事を書く発信力はあるから、それをファッションとして。

 

文字を纏うことはある意味でファッションだ。「障害者と健常者の間」という立場で、言葉(文字)という記号をファッションとして纏っていこう。

 

当面はそうするとして、あとは映像作品やアイデア段階でストップしている難聴ピアス。それをやっていかねば。あとは関連の書籍紹介とかもやっていきたいですね。

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About エーサ(Eita Sato)

移動型のライター・編集者。3ヶ月〜1年スパンで拠点が変わる。得意ジャンルは旅・ライフスタイル・テクノロジー。インタビューが好き。 趣味は旅・読書・ランニング・喫茶店巡り。旅は、現地に紛れ込んでその土地の空気感を肌で感じ取るスタイル。

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