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そうだ、暮らしの精度を上げていこう。

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どーも、えーたです。

3ヶ月スパンで移動する生活にも段々と慣れてきました。はじめてのときは「次は、どこにいこう。早く、見つけなきゃ」といった不安が常にありました。もちろんいまもあるのですが、前ほどの不安はありません。なんとかなる、という自信がついてきたからです。

ぼくは常日頃から「どんな暮らしをしていこうかなぁ」と漠然と考えていて、先日けっこうイケてるアイデアが浮かびました。「精度を上げていく」ことをやっていこうと思います。

精度を上げるとは

精度を上げるというのはインプット・アウトプットの精度を上げることを言います。インプットの精度は「違いがわかること」で、アウトプットの精度は「内側にあるものを、限りなくそのままの状態で外に出すこと」です。

この両輪を回せるようにしていこうと思います。これをまわすにはやはり数をこなすしかなくって、ひとまずインプット・アウトプットを繰り返すことから始まります。トライ&エラーとでもいいますか。

インプットに関してはデッサンと瞑想がけっこうイケてるんじゃないかと思っています。デッサンの本質は見たものを見たまま描くこと。
ぼくは絵が超絶ヘタクソなのですが、それは目の前にあるものを見てないのが原因です(たぶん)。この本にはそう書いてありました。

 

一応見ているには見ていて、実際に描く時には、脳内に、既にあるモデル、のようなものを使って描こうとするからド下手くそになるんだと。そしてそれは幼少期に獲得している。

だからそれを取っ払う訓練と、見たものを脳内に正確に描く訓練、外に出す訓練をすることになる。ね、イケてるでしょ。

まだちょこっとだけ(4時間くらい)しか練習してないけど、なんとなくイケてる感じがします。見たものを見たまま捉えるには点のひとつひとつを追っていくようにじっくりと接する必要がある。

これはおそらく、他の知覚にも転移します。音、香り、味、温度感覚、痛覚などなど。感じたことの点をひとつひとつじっくりと見ていくのは意識の問題で、デッサン中のそれを他の知覚にもつかっていく。すると感じたことの本当の姿が見えてくる。

そうすると「違いがわかる」ようになるんです。きっと。まだ仮説です。でも、確信めいたものが心の中にあります。

あとはそう、瞑想。瞑想も同じ。自分の意識をひたすら観察する。瞑想は1度だけやったことがあって(1時間)、息を深く入れたらお腹がぐうぐうなりっぱなしで恥ずかしかった思い出があります。

これも訓練していけば、恥ずかしさを感じている意識の構造が見えてくるようになるはずです。恥じらいアルゴリズムが見えるはずです。

つまるところインプットの精度ってのは「違い(構造)がわかること」で、外界と内部(意識)の観察によって獲得できることになります。

デッサンと瞑想の訓練をしていきます。

で、アウトプットの精度に関してはよくわかっていません。運動をするのがもちろんいいのですが、脳内イメージと実際に動かしたときの誤差を埋める訓練ってのはどうやるのかわかりません。

何となくTVを見ていたらタレントの武井壮さんがそれっぽいことを言っていて、彼に弟子入りしたいなぁと勝手に思っている次第です。

 

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About エーサ(Eita Sato)

移動型のライター・編集者。3ヶ月〜1年スパンで拠点が変わる。得意ジャンルは旅・ライフスタイル・テクノロジー。インタビューが好き。 趣味は旅・読書・ランニング・喫茶店巡り。旅は、現地に紛れ込んでその土地の空気感を肌で感じ取るスタイル。

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