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幼き日の記憶 〜登園拒否〜

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「えーやだ。」

登園(幼稚園)初日、「今日からここに通うんだよ」と母に言われ、
それに対して私の放った一言である。
保育園には行ってなかったから、学校的な空間に行くのはそれが初めてであった。
初日にして登園拒否とはいったいどーいうことなのか。考察してみることにした。

一応なんか、試験的なものをパスして入園したらしい。
ひらがな読めるか、とかそんなんだろう。
きっとはなくそほじりながら「あ」とか「ほ」とか答えてたに違いない。

さて、なぜ登園拒否をしたか、
考えうるパターンはこれだ。

【パターン1】
気まぐれで嫌だといった。
べつに好きとか嫌いとかないけど、たまたま口から出たことばが「えーやだ。」だった。

【パターン2】
本能的に嫌だった。
「決まった時間」に「決まった場所」へ、なぜ行かなければならないのか?
「選択」という行為ができないことを嫌がり、幼いながらも「えーやだ。」と抵抗した。
「自己決定感」が下がり、「幼稚園に通う」という行為を嫌がったのかもしれない。

碓井真史(1992)によると、
内発的動機づけは「自己決定感」と「自己有能感」によって構成されている。

急に学術的に考えていきます笑

簡単に言うと、「自分で決めてる」って感覚と、「自分は身の回りに影響を及ぼすチカラがある」って感覚が内発的動機づけを構成しているということ。

内発的動機づけっていうのは、外からの報酬無しで、自ら課題やらなんやらやったりすること。
環境への参加だね。学校にいくとか課題やるとか部活動に参加するとか。

幼稚園バスが迎えにきて、乗って、教室に行って、授業で一方的に話を聞く。
工作なんかは自分で好きなのつくるからまた別だね。

基本的に、選択の余地がない。だからそれを嫌ったのかもしれない。
行く、行かないはまぁ選択できるっちゃできるけど。
なにを学ぶのか選択する行為はほとんどなかったんじゃないか。

「えーやだ。」という発言はきっと、
以下のような流れから生まれたのでしょう。

自分で決められないなんて嫌だー!
内発的動機づけしょぼーん。

外からも、これといった報酬は無し。
よって外発的な動機づけもなし。

幼稚園という環境へ参加する「動機」がなくなってしまいました。

私「えーやだ。」

きっとそう。

【参考文献】碓井真史(1992) 内発的動機づけに及ぼす自己有能感と自己決定感の効果 社会心理学研究第7巻 P85-91

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About エーサ(Eita Sato)

移動型のライター・編集者。3ヶ月〜1年スパンで拠点が変わる。得意ジャンルは旅・ライフスタイル・テクノロジー。インタビューが好き。 趣味は旅・読書・ランニング・喫茶店巡り。旅は、現地に紛れ込んでその土地の空気感を肌で感じ取るスタイル。

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