雑談って、むずかしい。でも笑いから学べた。

雑談って、むずかしい。
何も考えずに話すようで、実はものすごく頭をつかう。
「思ったこと言ってるだけだよ」と自然に雑談ができる人がうらやましい。

雑談苦手人間の備忘録。

雑談は、笑いから学べる。

雑談は、笑いから学べます。
笑いというと漫才やコントやモノマネやギャグが浮かびますが、ここでいう笑いは主に漫才のことを指します。

漫才には、雑談をするのに役立つの基本的なスキルが込められています。

空気を読め、とよく言われていた

ぼくが雑談に注目しているのは、初対面の人と雑談をすることに苦手意識があったからです。何を話したらわからず、天気の話をして「熱いですね」「寒いですね」などといった会話をして終了ということもしばしば。

友人同士の会話でも、勇気を持って何かを話しても変な感じになったり「で、オチは?」とか、「空気よめや」とか言われたり。

苦手でした。
雑談って、難しいじゃないかと。

でもいるんですよね、雑談が上手な人。ポンポンポンポン会話が弾んですぐに打ち解けるような人。俗に言うコミュ力モンスターですね。

そんな人になりたいというか、憧れるというか、嫉妬するというか。いいなあ、あんな風に気兼ねなくいろんな人と話せたら楽しいだろうなあ。そんな気持ちを抱いていました。

雑談の方法はオチのある話にヒントあり

空気をよめ、と言われる理由はさっぱりわかりませんでした。雑談ってどうやったらうまくなるんだろうか、その方法もわかりませんでした。しかし、とある本との出会いをキッカケに「笑い」にヒントがあることに気づきました。

この本の中身を超要約すると、「オチのある話し」には型がある。だから型を学ぶことで誰にでもオチのある話ができるというものです。

この本には、たしかジュンク堂か松丸本舗で出会いました。型があるなら、中身を入れ替えることでいろんな話題でも応用がきく。これはきっと雑談が苦手なぼくにヒントになるはずだ。

迷わず買いました。

オチのある話の例をひとつ紹介します。

とある学校の野球部に、筋トレをよくサボる部員がいました。部長はその部員(Sくん)を注意して「罰としてグラウンドを5周してこい」という風に言いました。

Sくんは、部長の言う通りに5周を走り終えると、なんと6周、7周と走り続け、なんと10も走ったのです。部長は反省したのかと感心し「お前、なんで10週も走ったんだ」とSくんに声をかけました。

するとSくんは「××××だから」といい、部長はその答えに呆れてしまいます。

さて、Sくんは何と言ったのでしょうか。その答えは











「明日サボるぶんも走った」です。

いかがでしょう。ちょっとおもしろくないですか。えっそうでもない?
そんなあなたは雑談力がハイレベルなので、いますぐこのページを閉じてください。

では、雑談が苦手な仲間たちに向けて、続けます。

この例を会話調にするならば、部長と監督の会話になるでしょうか。
部長が監督に「監督、実は昨日Sくんに」といった風に切り出して、ことの顛末を伝えるでしょう。そして監督もSくんに呆れることでしょう。Sくんの発想はなかなかのスジモノだと思いますが(笑)

ちなみにこの型は「謎解き型」というそうです。Sくんが10周走った理由が「謎」で、その答えが「オチ」になります。
この話題を「罰のグラウンド5周を、「明日のぶんも」といって10周走ったやつがいてさ」といった風に話し始めてはダメです。

笑いには、コミュニケーション方法の基礎が潜んでいる

先の本から学べるのは、型を学べばある程度はオチのある話をできること。つまり話のオチをあらかじめセットした状態で話を始める方法があるということですね。この「あらかじめオチをセットしておく」という方法がぼくにとっては目からウロコでした。

あらかじめオチをセットしておくだなんて、まるで漫才やコントにようにネタを仕込むかのようです。ということは、笑いを学ぶことで雑談をするための技術が身につく、ひいては空気を読むこともできるのではないか。そう思うようになりました。

鉄板ネタを用意しておけば、話題には困らない。

ぼくにとって最大の難関は「初対面の人との話題づくり」でした。そこで、オチのある話をストックしていけば、必要に応じて「オチのあるハナシ棚」から話題を取り出すだけでよくなるという結論に至りました。

数分の会話であれば、鉄板ネタをひとつかふたつ仕込んでおけばオッケーです。ぼくの鉄板ネタ(自分で鉄板ネタというのはとても恥ずかしいのですが)は「顔の濃さ」の話題です。

ぼくは顔が比較的小さく、初対面の方には「顔が小さいですね」とよく言われます。「あなたは大きいですね」とは言えないので、顔の話題で「よく言われます。あっあと堀りの深さもよく指摘されます」と続けます。

そして「フィリピンに住んでいたときに英語で話しかけられたこと」を伝えると「日本人離れした顔の持ち主」という認識になり、たいがいの人はクスッとなります。そんなことが起きてもおかしくない顔をしているからでしょう。

そこにもうひとつ「色白のインド人みたいだね」と言われたというエピソードを加えます。色白のインド人なんていないのですが(たぶん)、存在したらたぶんこんな顔なんでしょうね、という風に話せばほぼ100%の人が笑います。

参考動画

中川家

日常にあるネタを高精度でパロディにするところが好きです。新幹線のトイレ、電車のなかにいる声のデカイおじさん、新世界をうろつくおじさんなどキャラクターが豊富です。

兄の剛さんが演じる脇役のような存在が、弟の礼二さんのキャラクターを抜群に活かす、兄弟ならではのコンビ芸が見どころではないでしょうか。テレビでは礼二さんが目立っている印象ですが、剛さんの方が実は器用に色々なキャラクターを演じられるのではないかと思っています。

ずっと聞いていると、相槌を打つタイミング、ツッコミをいれるタイミング、ボケるタイミング(アドリプが豊富過ぎてよくわかりませんが)、を肌感覚で学べます。

コント55号

コチラは型がどうこうの分析はしていないのですが、即興コントがとっても面白いです。
萩本欽一さんの無茶振りと、それに答える坂上二郎さんの速度感があってこそ生み出せる世界観ですね。

笑いにはスピード感(適切なタイミングで言葉や行動を繰り出せること)が大切なのだと思います。

劇場へ足を運ぼう

いまはインターネットやテレビででいろんな動画が見られますが、やっぱり一番は劇場へ足を運ぶことだと思います。東京では『浅草東洋館』へいったことがあります。

そこではステージ上の芸人とお客さんとのやりとりもあって、テレビや動画配信では見られないコミュニケーションのカタチを体感することができました。

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編集者。メディアづくり・チームづくり・コーチング(編集の)が得意。生きづらさを市場化すべく試行錯誤中。薬を飲むの苦手、手数の多い単純作業苦手、声の大きい人苦手、飲み会苦手。根性叩き直し中。目標はリオネル・滅私。