放浪生活を3年間経験した振り返り【メリット・学び】

放浪生活をしたい方こんにちは。
いきなり質問です。

放浪生活をしたい理由はなんでしょうか。

バックパッカーに憧れている、いまの環境から抜け出したい、なんとなく生き辛さを感じている、いろいろあると思います。

ぼくの場合は放浪生活をしたかった訳ではないのですが、大学を卒業したあとにうまく仕事にありつけず、結果的に放浪をすることになってしまったという感じです。

放浪をした期間は2014年4月〜2017年7月、
放浪した場所は岐阜、長野、高知、フィリピン(セブ島)、沖縄(宮古島)です。

この記事では、放浪生活をしてよかったなと思うことと、アチコチの土地に暮らしていくなかで学んだことを紹介します。

放浪生活をしてみてよかったこと

放浪生活をしてみてよかったことを3つ紹介します。

さまざまな生き方があることを知れた

放浪生活を振り返ってまっさきに浮かぶのは、
人の生き方は、自分の想像よりもはるかに多様なことです。

2014年の7月〜10月の4ヶ月間、長野県松本市にある「カンデラゲストハウス」のヘルパースタッフとして生活していました。

スタッフとして旅人を迎えるなかで、たくさんの人に出会いました。
スーパーの仕事を辞めて日本一周をしている人、フリーランスのカメラマンをしている人、旅をしながらライター業をして生計を立てている人、夏季休暇で旅行にきている会社員、日本百名山の制覇したのおじさま(70代!)などなど。

生き方って人それぞれでいいんだなぁと気持ちがラクになりました
(当時のぼくは木工職人への道に挫折したばかりだったので)。

たくさんの旅人とお話しできたのはよい思い出です。

よく考えるようになった

実は放浪生活をしていたのは、放浪が目的だったのではなく、環境的にそうするしかなかった、という感じです。

放浪生活の始まりは2014年の4月で、当時は岐阜県高山市の温泉旅館でリゾートバイトをしていました。仕事内容は、食堂の食器の準備やお皿洗い、野菜を切るなどの調理補助です。時給はたしか1200〜1300円くらいだったような気がします。

リゾートバイトは期間限定でしたので、次の仕事場と住む場所を探す必要がありました。
簡単にいえば「3ヶ月後には仕事も家も収入も無くなる」という状態です。
しかも、木工職人の仕事を半年で辞めたノースキルの新卒。
極めてハイリスクな状況に置かれていると思いました。

この状態できっと就職は難しい、でもリゾバを繰り返していては移動するたびに収入が頭打ちになる。これを繰り返すわけにはいかない、移動するたびに、仕事も収入も増加しないといけない。

こんな風に考えるようになりました。

3ヶ月の間に、場所に関係なくできる仕事を獲得しつつ次の住処を決めることを目標にしました(そしてリゾートバイトの仕事と並行してWebライターの仕事を始めます。次の住処は先ほどの「カンデラゲストハウス」を運良く見つけました)。

よく考えるようになったのは、「3ヶ月後には仕事も住処がなくなる」という状況に追い込まれたからだと思います。

やるしかない状況に追い込まれるのは辛い面もありますが、力が付く面もあるのでしょう。

チャンスに恵まれた

放浪生活ではたくさんの人と出会います。
時としてその出会いは、思わぬチャンスを運んできます。

2015年1月ころのこと。ぼくは高知県高知市にある「カツオゲストハウス」にてヘルパースタッフとして滞在していました(収入源はWebライター業)。

そこでなんと、フィリピン・セブ島で無料で語学留学できるというチャンスを掴んだのです。
具体的には、語学学校のブログ記事を更新する代わりに滞在費と授業を提供してもらうというもの。

偶然にも語学学校の経営者と出会い、ライターの仕事をしていて、海外に興味があるという話をしたところ「こんな仕事あるけどどう?」という風に紹介してもらいました。

各地を転々として、Webライター業をしていなかったらあり得ない出会いです。
たくさんの人との出会いがラッキーチャンスを運んできたのだと分析しています。

毎日のように同じ人たちと接している環境と、日々、多種多様な人たちと接している環境、どちらが多くの情報と出会えるかと問われたら、まちがいなく後者でしょう。

放浪生活から学んだこと

放浪生活をするなかで学んだ処世術(心構え)を紹介します。
放浪生活において大切な心構えとは、なんだと思いますか?

それは「よそ者のカマエ」です。

「自分はよそ者で無力なんだから、人の役に立たないと暮らしていけない」というカマエです。

彼方此方の土地に住んでは引っ越しを繰り返していると、引っ越しのたびに人間関係が強制的にリセットされます。

そして初めての土地では、スーパーやコンビニがどこにあるのかも、病院がどこにあるのかも、イケてる飲食店や喫茶店がどこにあるのかもわかりません。

そんな状況に3〜4ヶ月にいちど置かれるようになると「人間の無力さ」を感じるようになりました。

助けてくれ!と誰かにすがりたい。
ではどうするか、まずは誰かの役に立つ。これしか浮かびませんでした。

そしてその土地に、その土地に住む人に、「無力ですが、どうかよろしくお願いします」というカマエで接するようになりました。

すると良くしてくれるんですよね、ありがたいことに。

ご飯をごちそうになったり、アチコチに連れてその土地のことを教えてもらえたり。
身のまわりに敬意を払って暮らすことはとっても大事だなと学びました。
これは放浪生活をしている・していないに関係なく、生きていくのに基本的なカマエだと思っています。

まとめ

あらためて振り返ると「3、4ヶ月後には引っ越す」という締め切りに追われる環境が、仕事について考えることや、収入を増やすための行動を促進してくれたのだと思います。

いわゆるバックパッカーのような放浪とは違いますが、人生にモヤモヤしている人はえいやっと放浪してみるのもよいではないでしょうか。

放浪体験をノウハウっぽくまとめた記事もありますので、よかったらご覧ください。

大学を出て、就職できずに放浪生活をした3年間を振り返ってみた。



放浪生活

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ABOUTこの記事をかいた人

移動型のライター・編集者。3ヶ月〜1年スパンで拠点が変わる。得意ジャンルは旅・ライフスタイル・テクノロジー。インタビューが好き。 趣味は旅・読書・ランニング・喫茶店巡り。旅は、現地に紛れ込んでその土地の空気感を肌で感じ取るスタイル。