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家なし生活を1年続けて見えてきた放浪系のマインドセット3つを紹介します。

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どーも、えーたです。

放浪生活も1年が経過し、まさかの海外生活を送っております。
これも、いち放浪系としてのマインドセットが功を奏したのかもしれません。
放浪系のマインドセットを備忘録がてら、ゆるく紹介していきます。

 

身軽であれ

放浪するには、まず身軽でなければいけません。いまのぼくはどれくらい身軽かというと、30分以内に引っ越し準備が整います。

バックパック(65L)に全てを詰め込んでいます。
もはやバックパッカーの域ですね。長期滞在型バックパッカーとでもいいましょうか。

しかし、初めからこんなに身軽だったわけではありません。引っ越しを年に4回のペースで行う間に、だんだんとスリムになっていきました。ちなみに体重は50kgもありません。

 

さて、話題を荷物に戻しましょう。身軽であると3つの良いことが起こります。

 

なぜか必要なものが手に入る

身軽(むしろ不足)であると、なぜか必要なものが手に入ることがあります。

げんざい使用しているバックパックは、旅の道中で友達からもらいました(ありがたく使わせてもらってます)。

しかも、その友達も旅の最中に出逢った友達です。すごくないですか、このよくわからない引き寄せている感じ。

身軽であるというのは、むしろ不足しているくらいでちょうどいいのです。

必要なものが必要なタイミングで手に入ります。「のどが乾いたなぁ」と思ったら水が湧いて出てきた、みたいなレベルにまでいったらもはや最強ですね。裸一貫で生きていられそう。

 

迷う時間が減る

身軽であると、迷う時間が減ります。

例えば読書をするとき。ぼくはカフェで読書をするのが好きでして、基本的には紙の本を読んでいます。
しかし持つのは3冊までと決めています(引っ越しのとき面倒なので)。

さてどの本を読もうか、みたいに迷う時間はほとんどありません(ちょっとはあります笑)。
でも迷う暇があれば全部読んじゃえば良いんです。1時間なら20分ずつ読めます。

20分もあればけっこうなページ数を読めますからね。

 

チャンスを逃さない

身軽であると、チャンスを逃しません。

ぼくはげんざい無料でフィリピン留学をしている(インターンシップ)のですが、現在のような生活(どこでも仕事できる)をしていなかったらこのチャンスは掴めていなかったでしょう。

身軽であることは、チャンスを掴みやすくするのです。
交通費出すから日本来てよと言われたら今すぐにでもいけます(実際は仕事があるので週末だけしかいけませんが)。

まぁいつでもどこにでも行けると言うのはかなりの武器ですね。

 

よそ者であれ

あちらこちらへ放浪するということは、その土地に住む人にとってはよそ者です。

よそ者が我がもの顔でいけしゃあしゃあと歩くのはよろしくありません。

近江商人(とても商売上手だった人たち、鎌倉時代から昭和時代にかけて活動)の経営哲学に「三方よし」というものがありますが、これはよそ者としてはとても参考になります。

「売り手良し、買い手よし、世間よし」というもので、買い手の、ひいては世間の役に立ってこそ商売だという考えです。

商売の活動拠点を広げるということは、必然的に「よそ者」になります。

よそ者として商売を成功させるには、売り手だけでなく、買い手よし、世間よしな活動をする必要があったというわけですね。

ぼくの考える「よそ者であれ」というのは、世間の役に立ってこそ、というよそ者の心得を持ち続けようということです。

放浪していてもけっこう忘れがちで、傲慢な気持ちがふすまから顔をのぞかせるように現れたりもします。

そーいうときは、大体なにかを失敗します。そして思い出します。ああ、自分はよそ者だった。と。

あまりこう、綺麗ごとのような献身論(社会貢献をしよう!ボランティアをしよう!みたいな)のようなものは好きではないですが、目の前に困っている人がいたら、手を差し伸べるくらいのことはせなあかんなぁと思いながら過ごしています。

 

「子供で大人」であれ

これはですね、自分の感性を大事にするということです。

「感性」というとふわっとしすぎなのでもっと具体的に言うと「反応」ですね。

我々は五感を使って生活をしていて、これは刺激に対して反応するということですね。
その他には、さらに精神的な反応もありますね。「情動」というやつですかね。

こういった場面ではこういった反応をする、はたまたこういった場面ではまた異なる反応をする、そういったもののことです。

この香りにはとても気持ちがよくなって、この香りにはとても嫌悪感を抱く、とか。どこか懐かしさを感じたり、寂しくもなったり、いろいろな情報に対して、いろいろな反応が起きると思います。

その反応を、大切にするんです、じっくりと観察をします。

すると、自分の好き嫌いや、得手不得手がなんとなく分かってきます。

それが、後天的に体得したものなのか、先天的なものなのかも、なんとなくわかってきます。
近頃話題の(もうブームは去りましたかね)アドラー心理学に「目的論」という立場がありますが、その立場をとってこの「反応」を観察すると、とても面白い仮説が生まれます。

ぼくは組織内コミュニケーション(特に上下関係)が苦手で、なぜか萎縮してしまいます。
自分より立場が上の人に話しかけるだけで、かなりの精神的体力を消耗します。

なぜでしょうか。これ、自分でもよくわかっていません。
ですが、目的論とい立場をとって観察をしてみると「萎縮する自分」「消耗する自分」をつくりだすことで、ある目的を達成しているはずなのです。

それは何か。おそらく「目を付けられる」とかそういった類いのものを避けるためでしょう。萎縮していれば、まず衝突はしなくて済むし、消耗することで「自分は組織に向いていないんだ」と自分に言い聞かせる格好の文句になります。

ですから、逃げる理由をつくりだしているというか、「組織が苦手な自分」をつくりだすことで、組織(というか人)と向き合う、関係性をつくっていくことを避けている(いた)んですね。

これが現在の仮説です。中学生くらいの時から、ずっとこうなんですよね。
友達だと思ってた人が明日には友達ではなくなっている。なんてことがよくありましたから。

関係性をつくっていくのが、怖いんです。

本当は、熱く語り合うような、背中をまかせられるような仲間が欲しいのですが、燃えるようにコミットメントする経験を積みたいのですが、今ひとつ関係性をつくるのが怖い。

仕事の生産性とか、ライフスタイルとか、技術とか、英語とか、それも大事ですがいまの自分にとって最も大切な課題は「関係性をつくること」です。

でも、どうしたらいいのかわからない。わからない。わからない。わからない。おそらく大抵の人が子供の頃に突破している壁、もしくは、初めっからそんなの無かったパターンのやつ。

もちろん周りのみんなを信頼していないわけではないし、むしろ積極的に関わりたいと思っている。

けど、なんか、一歩踏み出す勇気が足りない。なんか、あっさり突破してしまいそうなんだけどね。

「これをやりたい」っていう自分の欲をもっと体現していったらいいのかなぁ。

 

おっと、かなり話が拡散してしまいました。ぼくはこのように、精神世界でも放浪しています(うまい)。「子供で大人」であることで、放浪生活の旨みは驚くほど増します。

つまるところ、ぼくは味覚がハジケルほどの旨みを求めて生活をしているわけであります。

 

まとめ

身軽でよそ者で子供で大人。
でも本当は、熱くなれる関係性を求めている。仲間探しでもしてるんでしょうか。

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About エーサ(Eita Sato)

移動型のライター・編集者。3ヶ月〜1年スパンで拠点が変わる。得意ジャンルは旅・ライフスタイル・テクノロジー。インタビューが好き。 趣味は旅・読書・ランニング・喫茶店巡り。旅は、現地に紛れ込んでその土地の空気感を肌で感じ取るスタイル。

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